普通の日本人は、日本という国内を経ずして海外を知ることはありません。だから、ちょっと海外に旅行に行くと、あたかもその国を全て知ったかのように語り始めます。1ヶ月でも居住経験のある人は、旅行者に何がわかると馬鹿にします。
台風9号(マッツァ)がようやく上海を通過したようです。朝からミーンミンとセミの声が戻りまた暑い日々が続くなと思った矢先、コンビニに買い物に出ようと思ったら、上の写真の状態です。これって大洪水じゃないですか。
ほとんどのシンガポール人は2から3ヶ国語を操る。英語で話していたかと思うと途中から中国語に変わっている。文の途中でスイッチすることもしばしば。外国人から見ると、母国語がないとかベースとなる言語がないとか、言葉しかできないからそのほかのこと何にも知らないとか、とにかく批判の原因となりがちである。
この手のカラオケ遊びは駐在員のアジアの夜遊びの代名詞のようなものである。客一人に対し、ホステス女性が一人つく。
海外の日本人コミュニティーを嫌う海外在住者は少なくない。海外まで来てどうして日本より濃密な人間関係を意識しなくてはならないのか。
上海のような非英語圏でのインターナショナルスクールの学費は非常に高価で、私のような凡人には負担できない可能性が高い。せめて先日もらった海外赴任手当てを充当しよう。
シンガポール生活完了のご褒美と結婚10周年を記念してペアウォッチを購入。ダグホイヤーの日本未発売モデル。
会社に着ていくスーツとシャツは全てオーダーメイド。こだわりがある。決して贅沢ではない。ちょっと背伸びをすればオーダーメイドだって手が届く範囲。
できるだけ長く海外に滞在しその間は持ち家は購入しない。子供を早く独立させる。そして、夫婦が欲しい家を欲しい場所に買う。これが私にとっては一番の策と信じている。
それにしても、南国生活中は胃腸に激しい症状を感じるウイルス性の風邪を捕まえることが非常に多い。「Stomach Flue」と呼んでいるが、日本にいた時には自分がこんなに弱い体だとは思ってもいなかった。
正月は2日間とも一日中雨が降っていた。毎週日曜日の朝の楽しみのテニスも今日はお休みである。地元の新聞を見ると今日もスマトラ島沖地震。写真を見ると数えられないほどの死体がゴロゴロしている。一週間経ってもこんな状況である。正月気分はどこへやら。
2005年を迎えた。このブログも今月の末で開設1周年を迎えようとしている。書くという作業は改めて自分を見直すことであり、記録として資産化するものである。そして、昨年は素人の文章がアフィリエイトにより資金化を始めた年でもあった。私も歴史的イベントに参加できたことを嬉しく思うとともに、本当に届いたアドセンスの小切手を見てホクホク顔になった。
インドネシアスマトラ島での地震について、皆様から沢山のご照会、励ましのご連絡をいただいた。ただ、シンガポールは今回の地震・津波災害の直接の被災地ではない。気持ちはよく理解できる。また、連絡をしていただいた皆様には、お礼申し上げたい。
長女を学習塾の冬期講習に参加させている。普段はインターナショナルスクールで英語漬けの生活を送っているので、日本の学習環境を体験させる試みである。
海外在住者にとって日本に残した親族の健康不安ほど大変なものはない。帰国しようにも障害が多く簡単にはいかない。
国を跨ぐ仕事をしていると、相手と共通の話題を探すのに苦労する。そんな時に手っ取り早いのが、共通の知人の話題を持ち出すことである。
警視庁によると東京都の1日当りの犯罪件数は、殺人が0.4件、強盗が3.3件、強姦が0.8件、侵入窃盗が86.1件となるそうだ。シンガポールはやはり安全な国である。
日本に一時帰国した時などに、日本原産地米を口にすると、やはり味の違いを如実に感じてしまう。
会社でも中国語留学をして、中国赴任となる人材が急増していく中、英語族としては、中国語を学ばないというのは、簡単には譲れない意地の世界である。
上海の空気はどうですか?
日本のテレビも随分おとなしくなった。というより常識的な内容になってよかったと感じた。2000年頃だったと記憶しているのだが、当時の日本のテレビは視聴者への刺激が強すぎて見ていられなかった。
新米さんなので、当然失敗ばかりである。でも、日本語で詫びる時と、日本語で詫びるときの表情が違う。でも、日本語の顔はまだ未熟なのであろう、なんとなくぎこちない。
サービス水準の向上が大切という点については異論がなかろう。海外を旅行する多くの日本人が、日本のサービスは素晴らしいと再確認するように、気配りに代表されるホスピタリティーの面では確かに素晴らしいのかも知れない。
There are a lot of findings when walking outside as everybody did in childhood. I'm still able to recall what I saw on the road from school to home. This is really unforgettable scenery.