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2006年01月18日

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株価

昨日、本日と例の件で300万円ほどの金融資産が飛んでいきました。
明日全額処分するればトータルはまだプラスです。

でも止めました。じっくり待ちます。
ナンピン買いもしません。

一喜一憂しない。株式投資で人間大きくなろう。
500万円くらいなくなったってたぶん取り戻せるでしょう。

ということで大きく構えることにしました。

2006年01月08日

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疲労回復効果がデータで確認された食品-総合医科学研究所

トクホ
今朝の日経新聞を読んでいて総合医科学研究所という非常にお堅い名前の企業に出会いました。

ある雑誌によると「トクホの臨床試験で高シェアを持つ」「疲労回復効果がデータで確認された食品や医薬品を開発しよう」と書いてあり興味津々です。でもトクホってそういうことだったんですね。

「特定保健用食品」は、食品機能を有する食品の成分全般を広く関与成分の対象として、ある一定の科学的根拠を有することが認められたものについて、厚生労働大臣の許可を得て特定の保健の用途に適する旨を表示した食品です。現行では、有効性及び安全性について、基本的に厚生労働省及び食品安全委員会の審査を経ることとされております。

出所:独立行政法人 国立健康・栄養研究所
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail168.html

日本って色々なものの安全性が国によって審査されているようですが、きっと中国は全然なんでしょうね。昨年、日系のある食品会社の方が嘆いていました。中国国内市場を対象に販売するために中国で生産した○○が大量に売れ残っているらしいです。

非常に安いので、日本に輸出すればいいじゃないですかと聞いたところ、「日本じゃ販売できる安全性じゃない」との回答。彼は仕方がなく毎日昼食にその○○を食べているそうです。

彼は大丈夫なのでしょうか?

2006年01月04日

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投資家になりたいと新年の抱負

年末年始に家族にパパは投資家になると宣言しました。長女はいぶかしげな様子で投資家って何と聞いてきたが、こちらも恥ずかしいので、辞書なりインターネットで調べなさいと冷たい返事をしました。ごめんなさい。

投資家といっても、デイトレーダーになるつもりはありません。でも、今の仕事はやめて日中はリサーチ活動に従事する。その他、家庭菜園で畑仕事もいいですし、学校に通うのも、NPO形式でボランティア活動をするのも良しとしたいと思います。

要は社会との接点を複数持ちながら、そこから肌で感じたこと得た知識を中・長期的視野に立った経済活動(投資家業)に反映させていくビジネスモデルを構築したいと思っております。

期待収益率は年5%程度。これで生活が成り立つ初期投資資金と生活の器を準備しなくてはなりません。ただ、これだけで生活しようというのはリスク分散の観点から好ましくないので、この他に何らかの別の収入を得る副業を立ち上げなくてはなりません。

今のところ、10年後を投資家業開業の目標としているのですが、普通の独立開業と比較すると、随分保守的なプランのような気もします。期待収益率もたったの年5%です。

こんなことを考えるのも、昨年末からの保有株式の株価が急上昇しているのが大きな原因。平均すると、“毎日”月給の半月分ぐらいの収益が上がっています。

こんな生活が毎日続かないのは百も承知ですが、銘柄選択さえ間違わなければ、かなりの高確率で循環的に幸福な季節が巡ってくることも徐々にわかってきました。

ふと思ったのですが、私の目指す投資家のイメージは投資業を営む事業体とは利益を期待するサイクルが大きく異なるような気がするのです。

投資業は基本的に日々、月次の運用が大切。長期投資とはいえ足元がしっかりとしていない限り事業体の存続が危ぶまれます。収益が上がっていなければ、新規の資金は流入しませんし、解約の可能性も高まります。

一方、私が目指す投資家はこれとはちょっとずれた時間感覚を持っていたいと思っています。フォローの風が吹くのをじっと待って、ここぞ、という時に売り抜けるイメージです。収入ゼロの月があったっていいじゃないですかという余裕を身に付けたいと思っております。

こう考えると実は10年も待たなくても夢は実現可能なのかも知れません。ただ、ゆっくりと回り道をしながら考えていきたいと思っております。きっとそれが投資家の第一歩です。

2006年01月03日

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海外駐在員と書斎と本棚

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今日はご縁があって妻の友人宅に遊びに行きました。書斎に入れてもらったのですが、6畳ぐらいの部屋の両側に2mはあろうかという大きな本棚。私なら絶対に読まないだろうなというような難しい本がいっぱい詰まれていました。男なら誰でも憧れる風景です。

思わず「すごい。」とため息が出てしまいました。どうして?との私の疑問に自信たっぷりに「脱サラしたからできました。」との返事。脱サラと書斎はどうも関係がない。且つ彼は今も雇われの身だそうで厳密な意味で脱サラはしていない。上海で現地採用の身分であればそれほど高給を貰えているとは思えない。ならばどうして脱サラが書斎につながるのであろうか?

勝手な予想だが、「余裕」がキーワードのような気がした。生活に主体性があるというかこの感覚を持てるような生活を送ることができるようになったのが「脱サラ」という言葉に変わっていったに違いない。

サラリーマンというのはどうにも世間体・体面を気にする嫌いがある。もちろん概してという話ではあるが、自分らしさとは対極の存在かもしれない。

書斎の本棚は最初に男の憧れと書いたが実はサラリーマンの憧れなのかもしれない。いつ転勤するかわからない。持ちたいんだけどなんとなく持つのは世間の相場から見れば贅沢というかなんというか。

そういったシガラミから離れることができた人から見れば、書斎と本棚は実は大した話ではないのかもしれない。簡単に言えば迷うんなら造っちゃえばいいじゃん!程度である。目指す姿かもしれません。

そのために私はサラリーマンを続けます。本末転倒であることは重々承知です。

2006年01月02日

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2005年回顧(その2)株式投資

2005年は日経平均株価が年初比約40%上昇するなど市場関係者はきっと枕を高くして年を越すことができたでしょう。私もその一人です。

2005年の3月に証券会社に口座を開設し、6月頃からおっかなびっくり売買を開始。8月の自民党快勝と同時にまとまった金額をつぎ込みました。楽天・JSR・三城・キャノン・インデックス・インテリジェンス・双日などが今年めぐり会った企業です。

約半年の投資期間ですが、信用取引には手を出さずに現物株だけで30%程度のリターンを確保できたのでまずまずの成果といえるでしょう。

アフィリエイト収入と投資収益の合算で私の給与収入の3割程度の臨時収入になりました。精神的な安定に大きく寄与しています。

私の会社も数年前倒産の危機に面していました。転職も真剣に検討したのですが、海外での転職活動も不自由でそう簡単には動けませんでした。

せめてものリスクヘッジに妻に働いてもらうことはできないかと考えたこともあります。海外赴任時に半ば無理やりついて来てもらったので絶好の社会復帰の機会でもあったはずです。でも相応のブランクがありますし、海外でいきなり働き始めるといってもそう簡単にはいきません。相手のあることですので無理強いはできません。

アフィリエイトは趣味と実益を兼ねたお遊びです。ブログを気が向いたときにアップデートするだけで収入になるのですから。でも所詮お遊びですから入ってくる収入もお遊びレベルです。それでも定期収入というのは大きいです。

話は戻って株式投資ですが、結果は半年で30%のリターンとなかなかの実績を残すことができたとはいえ、それはあくまでも結果。秋口は日々下がる株価に頭を痛めていました。リスクヘッジの分散投資の重要性を学んだのはそれよりずっと後です。

分散投資はリスクは分散できますが、リターンも分散されてしまいます。私の場合は業種と証券市場を分けています。人気銘柄も循環していますし、東証1部が盛り上がっているときは新興市場はさっぱり。あせらずに全体感を持ちながら業績に心配のない企業に投資していれば株式投資もそれほど怖いものではありません。

もちろん、分散投資は株式の銘柄選択だけではなく、金融商品の選択レベルでも考慮しなくてはなりません。私の場合、預貯金・外貨投資・株式市場と分けています。債券投資も始めたいと思います。

日経平均株価が今年どのように動くかは私には到底予想できません。ただし、上がる株は上がるでしょう。もちろん1年で何倍にもなる銘柄もあるはずです。それらを先に書いたとおり全体感を持って選んで、適度に分散させておけば多分必要以上に怖がる必要はないはずと信じています。

2006年も順調であることを祈っております。

2006年01月01日

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2005年回顧(その1)上海に転勤

昨年は7年間を過ごしたシンガポールを離れ上海に異動になりました。最初は香港と噂されながらなかなか内示が出ずにストレスが溜まっていたのですが、蓋を開ければ大きく発展を遂げる中国は上海での勤務でした。

当初赴任したのが3月の終わりごろと丁度中国国内での反日デモが盛り上がってきたところ。赴任直後から外出禁止令が出たりと大変な国に来たものだとマイナスイメージのスタートでした。中国人を見ても、外見はダサダサな人が多いし、トイレは汚いし、道端で痰を吐くしトンでもないやつらばっかりで、やっぱり中国人は日本人とは一緒にやっていけないのかなと真剣に考えていました。

それでも、半年を過ぎた頃から公私共にリズムが掴めてきました。中国はやはり特殊な国です。日本企業でもそれは同一。日本人同士でも、中国に古くから関係を持っている守旧派と欧米文化を吸収した改革派の対立があります。どちらが正しいというのではない。お互いを尊重しながら、一歩一歩前に進むことが大切。そんなやり方が理解できたのが一番大きかったのだと思います。

生活面も大きな道の名前を覚えてタクシーに乗れるようになりました。バスや地下鉄も乗れます。少しずつとはいえ中国語の勉強も進んでいます。まだ全く話せませんが、字幕付のTVが面白く感じるようになってきました。

何とかなるんですよ。それなり程度なら。当たり前のことが理解できました。この国ならシンガポールよりずっと近いので飛行機に乗ってしまえば3時間くらいで帰国できます。会社からも緊急避難用のオープンの航空券も貰っていますしいざとなったらそれを使って逃げればいい。

海外生活でもっとも大切なのは力を抜くことのはず。それを再認識しました。

でも、体重も結構増えたのです。最初の半年はストレス太りと思っていたのですが、後半は完全に冬眠モード。寒さを紛らわすように食べています。食べると体があったまるんですよね。シンガポールでは辛いものを食べると汗をかくというのはあったけど、食べて暖まるというのはすっかり長年忘れていた新しい感覚です。

2006年はどうやって痩せようか真剣に考えなくてはなりません。