「動かない・動けない」-上海のガン汚染村から学ぶこと
内部統制の仕組みを勉強中中国の上海北部のYangqiao村で公害が原因と思われるガンが急増しているとの記事がシンガポールの新聞(Straits Times)にありました。現地では外国人ジャーナリストの入村は禁止され、村の住民は「自分はガン患者ではない」「問題は発生していない」と答えるよう、政府高官から直接指導を受けているらしいです。
急速に工業化が進む中国の話であるから、それほど驚きはありません。ああやっぱりねというのが正直な感想です。
地元で取れる野菜が食べられないとわかっていても、空気が汚染されているとわかっていても村から離れられない住民が多いことに私はより関心があります。
そういえば、2003年4月のSARS危機の時、シンガポールの日本人社会も大多数がこの地に留まることを選択しました。SARSという見えない敵に恐怖を覚えながら、交通機関で隣人が咳こめば全員に白い目で疑われました。
もちろん一時避難帰国という選択肢を選んだ日本人もいました。その一方で、危機の時こそ家族は一体が良いとシンガポールに留まる決断をしたご家庭もありました。
もちろん、最終的に留まった方の中には留まる決断をしたのではなく、「そもそもそれ以外の選択肢がなかった」というグループと「考えようとしなかったグループ」が存在します。
シンガポールのような「腰かけ」日本人社会でも、結果として大きくは動かなかった訳ですから、いわんや前述の公害の例のような場合での、地元住民社会の流動性は極めて低くなってしまいます。
今回は「場所から動かない」とう話ですが、その他にも、「タバコが止められない」「売春しか収入源がない」等々、何とかやればできるはずなのに「できない」「やらない」「やろうとしない」「考えることを放棄する」等々のケースは多々あると思います。
良いとか悪いとか言いたいのではありません。現実にそういった考え方があることを直視しましょう。



